日本人はもともと土地に対して、”近代所有権”的な、ないし資本主義的な執着があったわけではない。その土地に対する感覚は、一方である種「共有的」ある
いはコモンズ的なものであり、かつそれは言語以前的な、漠然とした、しかし確固たる愛着という性格を多分にもつものだった(それは人間にとっての原的な土
地や自然に対する感覚として、ある程度普遍的なものだったといえる)。それが明治維新の地租改正で(地租を払うということとの関連で)一定の明確な土地所
有意識が生まれ、やがて(地租を払えない農民が土地を売り払うことで)地主―小作の分化が進むとともに、第二次世界大戦後の農地改革で私的所有の絶対性が
強まり、しかもそれが高度経済成長期の開発志向の流れに大きく組み込まれる形で半ば”暴走”していったことになる。
致命的であったのは、先の地籍の未整備という点や、都市計画の弱さという点などに象徴されるように、そこに「公共性」の論理による規制が働かず、私的利益 の追求が野放しで展開していったことだ。ある意味では、農村的な論理(素朴な私益と「公共性」の強さ)が、共同体的な制約から解き放たれる中で都市的な論 理の一部(私的所有権という発想)と奇妙に、あるいは中途半端に結びついた帰結ともいえる。
致命的であったのは、先の地籍の未整備という点や、都市計画の弱さという点などに象徴されるように、そこに「公共性」の論理による規制が働かず、私的利益 の追求が野放しで展開していったことだ。ある意味では、農村的な論理(素朴な私益と「公共性」の強さ)が、共同体的な制約から解き放たれる中で都市的な論 理の一部(私的所有権という発想)と奇妙に、あるいは中途半端に結びついた帰結ともいえる。
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戸籍より遥かに重要な地籍未整備問題 | Kousyoublog
広井良典「コミュニティを問いなおす―つながり・都市・日本社会の未来」